月別アーカイブ: 6月 2011

〓〓〓〓つき待ちとつきの宮の調神社

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中世の調神社では月待ち供養がありました。素敵なネーミングに惹かれて調神社資料(写真)を調べると、室町時代には、特に広く行なわれていた民間信仰で23日大陰暦の夜の月の出を待つ行事で 村の人々が集まって共に飲食し、月を拝み 無病息災を祈ったそうです。浦和市域付近にはこの信仰が盛んであったことが板石塔婆によって知られ1995年にわかっているだけで14枚あるそうです。これほど盛んであったのは 調神社があったためと考えられるそうです。月供養で拝む月天子(つきてんし)さまのいらっしゃる月宮殿と調宮が一体と考えられたからだそうです。月宮殿と調神社が結ばれていたとは、なんともロマンがあり宇宙と地球を結び人々の絆も生み出す月信仰だったのですね。 今夜も夜空には、いつ世にも変わらぬ月がありました。@日本神話管理人

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調神社(つきじんじゃ)

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調神社の七不思議?鳥居がないこと?境内に松かないこと ?御手洗瀬の不思議 ?使い姫の兎 ?日蓮上人駒つなぎの欅 ?ハエがいないこと ?蚊がいないこと以上 調神社由緒より ということらしい宮司さんに何故を聞いてみたいと思います@日本神話語り管理人

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調神社(つきじんじゃ)に行ってきました

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浦和市にある調神社へ行ってきました。漢字で調神社と書かれるこの神社は「つきのみや」と呼ばれ、時として「つきのみや神社」と呼ばれることもあるが正しくは「つきじんじゃ」 ご祭神は天照大御神 豊宇気姫命 スサノオ命 つきにちなみ 神社参道には『狛うさぎ』手水舎もうさぎでした。兎は月の使い姫、境内には兎のモチーフが至るところにあります。@日本神話語り管理人

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国旗

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自衛隊による被災地復興支援活動の拠点に立つ日本国旗を見て、必ず東北の立ち直りや、日本が再建することを確信しました。@ナビゲーターZ

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山田八幡宮

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盛岡八幡宮宮司に案内され、山田八幡宮へ来ました。地震発生後、いち早く、盛岡八幡宮から発電機を届けたそうです。地震当日には一の鳥居のすぐそばまでが、火の海となり、氏子の皆様の家々が焼失しました。9月に例大祭があり、沿岸部でわずかに残った神社の一つとして、氏子を召集しての斎行を山田八幡宮宮司が切望されており、日本神話プロジェクトとしてお役に立つことを考えたいと思います。@ナビゲーターZ

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梅雨の合間のひととき

脚本家の木下草介さんが遊びにきました。なんでもこれからアラスカにいかれるとのこと。新しいテーマの取材だそうです。 日本神話には人々に勇気を与える神話がたくさんあります。数々の苦難を乗り越え日本の国づくりをされた神様。 集まるといつも神話の話です。アラスカでたくさん吸収してきてくださいね。@語り舞台管理人 ※背景、オフィスには参拝したたくさんの神社のお札をおまつりしています。

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大杉神社(岩手県 山田町)

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湾内の町一帯はなにもかもがなくなり、鳥居だけを発見しました。本殿も社務所もありません。この鳥居がこの町のこと 人々の集う姿をしっています。在りし街の復興を助けるシンボルとしての鳥居になってくれたらいいと思います。 地図で見るとこの鳥居は北浜町の大杉神社のようです。被災地に物資等を持参することができても、 もっと大きな役に立てないことのもどかしさを痛く感じるのは私だけでしょうか。@ナビゲーターZ

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魚賀波間神社(岩手県 山田町大沢)

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(写真をクリックしてください) 盛岡から宮古へ出て、車で国道45号線を南下すること小一時間、二か月たった現在も左、海側には津波で破壊された建物がありました。道を挟んで右側にほんの少し小高いところにある魚賀波間神社(ながはまじんじゃ)は津波から免れていました。まわりの家屋、田畑は何も残っていません。唯一残ったこの神社中心に地域の皆さんの一日も早い復興を祈ります。@ナビゲーターZ

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